花留学
- 海外花留学
- 朝日新聞社の取材を受け、
ついたタイトルが「遅咲きの花」でした。
いつ、行くべきなのか?
初めて海外花留学をしたのは 私が38歳のときでした。
それ以前にすでにフラワーアレンジメント講師として 仕事を初めておりましたが花留学をきっかけに 独立して自分の教室を立ち上げるとともに 朝日新聞社の取材を受け、ついたタイトルが「遅咲きの花」でした。
その後さまざまな方から花留学について相談や問い合わせを頂きますが、私がいつも言うのは、いつからでも遅くないけど思った時がタイミング、ということです。遅咲きと書かれてしまいましたが、私にとってのタイミングがそのときであり、だからこそ、いつでもいいのです、という応援メッセージとしてのタイトルになればいいなと理解しました。
ユーロもポンドも円に対してとても強い昨今。お金も必要です。でも行きたい気持ちがある、いける時間が作れる、家族の理解が得られる、すぐに日本へ駆けつけなければならない事情がない、、そんなチャンスはめったにありません。思ったときがGoです。
海外まで行って何を、習得するのか?
デザイナーあるいは教える立場、売る立場として働くために必要な知識や技術は日本でも学べます。まずは日本でいい先生を見つけ学び、基礎を習っておくことも向こうへ行ってから多いに有効であると思います。
それでも海を渡って、何を学ぶのか?
まずは 花留学を決めたとたんにすでに得たものがあります。
それは 強い意志と勇気です。
次に英語力です。これはないよりはあったほうが断然よいです。不安ならすぐに勉強を始めたほうがよいです。学べる量と質に直結すると思います。私は趣味で通っていた英会話学校の受講コースをすぐに ビジネス並のコースに変更しました。おかげで英語を学ぼうとする友達が沢山増えました。
花留学によって得られるもの
もちろん技術知識。学校選びや師事するデザイナー選びも重要です。
私は、アカデミックな授業をしてくれるところを条件に探しました。はじめから長期にと決めていたのもあって自然と学校が絞られました。
花留学は単なる「きっかけ」だった
どこの国で(日本を含み)誰に学んでどんな資格をとったか、などは日々フローリストとして活動するにあたってキャリアの一つでしかありえません。大事なのは 今、何をしているのか、どんな花をつくるのか、どんな人間なのか、だと思います。
はじめての花留学以降、毎年のように海をわたって 学び続けている私ですが、自分自身がどういうスタイルで花と関わってゆくのかを見つけることのほうがとても大事だと最近強く感じています
それがわかるには少し時間がかかるかもしれません。
しかし、きっかけなくて結果も今もありえません。
だからこそ 花留学という 鮮烈なきっかけ作りが私には必要だったのかなと最近思います。
何スタイル??
なお、イギリス花留学、というと、ロンドン花留学とかパリ花留学と比較されることが多いのですが、個人的にはどこの国にも、どのスタイルにも属していないつもりでおります。
フラワーアレンジメントについている、ロンドンスタイル・パリスタイル・ニューヨークスタイルという言葉はどうも私にはピンときません。強いて言うならば「自分スタイル」のフラワーアレンジメント・フラワーデザインでしょうか。ですから教室でも 最終的にはひとりひとりが、それぞれの感性を見つけてもらうこと・自分で考え自分で組み合わせることが出来ることに赴きをおいてレッスンすることにしています。
習った学校
フラワーデザインオブブリテン(Flower Design of Britain)
イギリス最古のフラワースクール
- 学校について
- 私が花留学に選んだ学校はFlower Design of Britain
中級・上級クラスから合計6コース6週間の受講となりました。期間中、ヨーロピアンデザインの基礎を再確認し、様々なテクニックやアイディアを得ました。帰国後も渡航を重ね 2007年マスターフローリストの試験に合格しました。試験はイギリスのナショナルディプロマと同じ方法で、そして全く同じ審査項目に従って正式な点数法て審査されるというものでした。緊張しましたが いい経験でした。実技筆記両方とも英語です。このときは必死で英語を勉強していましたね。 - とにかく豪華な講師陣と妥協のないレッスン
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- 授業では フランクなトークの中にも完璧を求める厳しい目が常に光ります。
最後まで諦めないのはむしろ先生。むこうも本気でとことん私達に付き合ってくれます。教える側も教わる側もどこにも逃げ出せません!既に国内で講師をしていた私にとって別の意味で勉強させられました。毎日がハードレッスンでお腹いっぱいでしたが、同時に幸せに満ち足りた日々でした。